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藁人形ストレス解消法

ストレスは誰しもが持つものです。
私の場合、ストレスを感じた時は、五寸釘や刃物で、藁人形を滅多刺しにしています。
ストレスの全てを怨敵のせいにし(ストレスの原因でなくても)、怨みを込め、突き立てています。

「怨み」を自分の心に抱えた状態だと、運気は下がります。
ゆえに、その怨念を相手に向け、解き放つことは、運気好転につながります。

決して健康的なストレス解消法ではありませんが、
藁人形を打った後の達成感、素晴らしいですよ。

そうは言っても、怖くてできない人も多いのではないでしょうか?
「呪いが返ってきたらどうしよう」「底知れぬ罪悪感がある」等を感じる人も多いはず。
実際、学生の頃の私もそんな感じでした。
何だかんだ言って、根は優しいので(自分で言うのも変ですが)、「そこまでしなくてもいいかな」という甘い考えを持っていました。

今は違いますね。
相手の些細な言動であれ、心が傷付けられれば、必ず怨みを晴らす。
呪いをかけること自体、生きがいを感じています。

なぜ平気なのかと問われれば、
前回記事『人生初の呪いは小学生の頃』を皮切りに、私に呪いが返ってきた事がないからです。
その上、今の私には失うものも守るものもないわけですから、呪う事への罪悪感は一切ありません。
だからこそ、藁人形を五寸釘で打とうが、呪いをかけようが、全く抵抗や恐怖を感じないのです。

呪いをやってはいけないという人がいますね。
正直私もそういう考えを持っていましたが、自分の本心を押さえつけることになり、逆にストレスになりました。
よく「自分を大切にしなさい」って言われたことはありませんか?
「自分を大切に」を履き違えているわけではありませんが、私にとって呪いこそが「自分のため」なのです。
だからこそ、私は呪うのです。

ちなみに、藁人形ストレス解消法は、自室でやっていますので、「丑の刻参り」のようなことはしておりません。
丑の刻参りは、リスクが高いですよ。
神社やら道具やら日数やら、そして人に見られるリスクもあり、逆にストレスが溜まるのでオススメしませんね、私は。
やはり自分に合った呪い(オリジナルの呪術が良い)を強く信じ、行った方が効果が出ます。

私の藁人形を使ったストレス解消法はオリジナルですが、効果を感じることはあります。
ストレス各々にその怨敵が関わっていなくても、その怨敵に全ての責任を押し付けることでダメージを与えるのことができる一石二鳥な方法。
怨みに思う相手がいない場合(そんな人はいないと思うが)は、病気や不幸など「負のイメージ」を対象に呪うと効果的です。
元来呪いとは、病魔を殺すために使われていたエネルギーのことを言いますからね。

最後に。
「藁人形」と聞けば、不気味なイメージを持たれる方は多いですよね。
しかし、本来藁人形とは、自分の「身代わり」としての道具です。
悪運や邪気、それこそ呪いから身を守るためのものです。
藁人形をお守り代わりに持っている人は、それをよく知っている人。
藁人形を持っているだけで呪われる、不幸になるというのは全くの勘違いだということを、知ってもらいたいですね。
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縁を切るは幸運

今回はスピリチュアルなお話を。
オカルト、スピリチュアルなどに興味のある方であれば、一度は聞いたことのある「魂レベル」。
魂レベルとは、要するに精神年齢のようなもの。
ことわざで「三歳の翁、百歳の童子」というのがありますね。

この世は「類は友を呼ぶ」の法則で、自分と似通った人たちと仲間になります。
仲の良い友人や知り合いなどを見ると、自分と似ているところがあるかと思います。人は鏡とも言い、相手の良い面・悪い面は自分も有しています。

例えば学校でのグループは似た者同士なはずです。また客観的に見て、性格の悪い奴はやはりそれに相応しい人格と共に塊になっているかと思います。
相手がどういう性格かを知りたいかの判断材料は、その相手が所属しているグループを見れば一目瞭然でしょう。

自分よりも魂レベルの低い人と関わると、自身の魂レベルを相手の低さまで下げ、関わることになります。
最初の頃は仲が良かったけれど、何となく合わなくなってきたは、レベルに差が出始めた証拠です。

親友がいたとします。
例によって、性格が合わなくなったとか、むしろ嫌いになりつつ状況であるとします。
そういう時、魂レベルの話を知っている人は、こう思うはずです。
「魂レベルに差が出てきたんだ。だとすれば自然と縁が切れるはず……。もう少し我慢しよう」と。

確かにいずれは縁が切れるでしょう。
しかし私個人は、自然に縁が切れるのを待つのは馬鹿らしいと考えます。
もう関わりたくないと決めたら、さっさと縁を切りましょう。

前述にあるように、魂レベルの低い人と関わると、自分の魂レベルを一旦下げなくてはなりません。
それに合わせるのを繰り返すと、相手に引き込まれ自身の魂レベルが下がったまま停滞するようになります。

実は縁を切ることは運気を上げることにも通じます。
嫌いな奴とはさっさと縁を切り、新しい出会いを取り入れましょう。
でないと、いつまでも一部の人たち(魂レベルの低い人たちの場合に限る)といると、新しい風が入ってきません。

しかし、縁を切ることに多少なりとも抵抗や恐怖があるならば、実行しない方が良い。自分の心に従った方が良いですから。
本当に縁を切ってもいいと思えるほどの相手だったら、すんなり縁を切る判断ができるはずですし、縁切りを惜しいと思ってしまうならばやはりその人と縁があるのでしょう。
また、縁を切ったところ、その人と本当に縁があるならば、生きている間に必ず再会します。

私も色々な人と関わってきましたが、マイナス思考でネガティブな事ばかり言う人がいました。
「どうせ自分なんて、○○だから」的な感じで、人に慰めてほしいのか、事あるごとに自分を蔑む人がいました。
そのたびに、私まで暗い気持ちになり、面倒だなと思うことがありました。(人は鏡と言うから、自分にも有する部分もあるのだろうけれども)

この場合、自然と縁は切れましたが、どうせ切れるのならば、さっさと縁を切っておけば良かったと思っています。
自然と切れるまでの時間がもったいないと思ったからです。
どうせこの先、縁が切れることを分かっていたのですから、尚更です。(この頃の私は、自分から縁を切ってはいけないと信じていた時期だった)

私の縁の切り方は、疎遠になることです。電話やメール一切を無視するなど。
直接何か物を言ったり、不快な事をするなどの強制絶縁はいたしません。(余計な怨みを買われますからね)
ゆえに、恐らく相手は嫌われていることに気が付かないはずです。
無視することで疎遠になる方法はスタンダードでありながら、争いを避ける最も良い方法なのです。

私の場合、怨みや呪いをかけるほどでもないけれど、妙に腹立つ相手の時に、縁切りを実行。(謝罪があれば、基本許しますけれどね)
しかし、些細なことで怨みや呪いをかけたりする私のような人物から、縁を切られるというのは、ある意味で運が良いと思いますね。

友人は自然と集うのがいいかもしれません。
しかしある程度の「厳選」も必要です。(ポケモンみたいですね)

不要な人は、たくさん縁を切っていきましょう。(別に人を殺すわけでもないですし)
自分自身の運気を上げるためです。
「自分」を大切にしない人は、やはり「自分」を大切にしてくれない人を引き寄せます。
自己愛とまではいかないにしても、自分を大切にせず犠牲にしてまで生きる人生って私は嫌ですね。

縁を切るのは簡単なようで、難しい。
学校や職場などで、縁を切りたくとも切れないことが多いのも事実です。
「だったら相手の性格を良くする」と豪語する聖人もいるかもしれませんが、相手の性格・個性は人の手では変えられません。
人は人を生まれ変わらせることはできません。(人生の左右に影響を当たることはできても、結局人生とはその人自身が決めること)
変えられるのは自分自身だけなのです。

ただ仕事・社会人の場合、縁を切る方法があります。
それは自らその仕事を辞めるという方法。
なぜ自分が辞め、相手がのうのうといられるのかで不満という点もありますが、そんな人物を雇っている会社に問題があると思いますから、辞めて正解だということに気が付きます。
会社にとって、あなたのような常識人を失ったことは大打撃なはずですからね。(そもそも打撃だとも気が付かない会社はそれ程度の会社)

縁を切ることは決して「悪」ではありません。
風水的に整理整頓は運気をもたらすことで知られますが、人間関係にも整理整頓は必要です。
ゆえに、相手から整理整頓されないような人物になりましょう。

幽霊はすり抜けられない

こういう怖い話があります。(リンク先は動画となります)
『夜食を持ってきた母親』
稲川淳二『開けちゃいけない』

これらの話で共通しているのは、「霊は自由に家の中に入ることができない」ということです。
幽霊といえば、どんな厚い壁でもすり抜けられるイメージがありますよね。
しかし、どうも霊というのは、そういうわけではないようです。

煙は、窓を閉め切れば、外から侵入してくることはありませんよね。
よく近くに幽霊がいると、線香のようなニオイがする、嫌なニオイがするなど、必ずニオイが発生します。(ニオイによって、良い霊か悪い霊かが分かる)
そういった意味では、霊体というのは「煙」の分子に近いのだと思います。

イタズラや悪意を持つ霊は、自分の力では家に侵入できないので、誰かに成りすまし(もしくは誰かに憑依)、中に入れてもらおうとします。
以前書いたブログ記事『瞑想の危険性』にも少し触れましたが、霊はあの手この手で人間を支配しようとします。

「家」そのものが結界になっているとされていますし、逆に、間違った構造によっては霊道を作り出してしまうこともあります。
そもそも、家には先祖霊や守護霊がいますから、他人の霊が入ることは、まずできないでしょう。
霊の大半は元人間。人間界のルールと同じで、他人の家に勝手に入ることはできません。

とりあえず、霊は壁をすり抜け、家に侵入することはできないということ。
幽霊が怖い人は、家の戸締りはしっかりした方が良いかと思います。(防犯にもつながる一石二鳥)

後、直感は大切にした方が良いですね。
家族、友人に対し、「いつもと何か違う気がする……」という違和感を感じたらご注意。霊に憑依された家族や友人かもしれません。
人間は本能的に、身を守るために第六感が働きます。
皆さんも違和感を感じたら、「気のせい」として流さず、自分の勘を信じた方が良い。

余談ですが、稲川淳二『開けちゃいけない』の話に出てくる、「開けちゃいけない!」という声の正体は、守護霊です。
悪霊は子供を利用し、ドアを開けさせようとします。
それに危険を感じた守護霊は、わざと「怖い声」で女の子を怯えさせ、制止させていたのです。

呪い呪われ祓い方

呪いの儀式や占いなどをすると、急に身体が疲れたり、肩が凝ったりします。
睡眠を取り、十分身体を休めているにもかかわらず、症状は変わらなかったり。
肩が重くなったり、無気力や鬱状態が続くなどの原因・・・実はそれ、呪いや霊の仕業である場合があります。

呪われパターンには3つあります。
それを以下紹介。

1.低級霊、不成仏霊
オカルト行為をすると、たいていは低級霊や不成仏霊が集まります。
よく、怖い話をすると霊が集まると言われますね。当然、呪いの儀式、占いなどをしている時も同様となります。
低級霊一体であれば大きな影響はありませんが、複数の霊が集まった場合(集合体)、人間に害を及ぼします。

2.呪い
人から怨まれ、呪いをかけられている場合があります。
呪われると、好機やタイミングを逃したり、無気力や鬱、様々な病気を引き起こし、小さいものから大きいものまで影響を与えます。
呪う側の怨念と呪力の強さ、呪われる側の精神面、体力、守護霊の強弱により、効果は異なります。

3.怨霊、悪霊、祟り
憑依されれば、当然運気は落ち込み、上記にあげた様々な影響やこの世の不幸という不幸を味わうことになります。
最悪、死に到る危険な場合があります。
心霊スポットや曰く付きの土地で、祟りを受けたり、霊を連れて帰ってしまう場合があります。

1に関しては、たいていは、力のない浮遊霊なので、はらうことは簡単です。
2も同様に、人間の思いや念は常に保っていませんから、わりと祓うのは簡単です。
呪い苦しめるには、相手の事をずっと考えなくてはなりません。(少しでも別の事を考えたり、意識が変わると失敗)
なので、呪いとはいえ、たいていは弱い波動であり、言うほどの不幸をもたらすことはありません。
しかし逆を言えば、毎日延々と相手を怨むことだけを考えている人間の飛ばす呪いは強力。この場合、祓うことは非常に難しい。(仮に祓ってもまた復活する。呪いとはすなわち生霊)

簡易な祓い方(オリジナル)、二つ紹介。
1.線香で浄化
線香を焚き、その煙を手で仰ぎ、自分の顔や身体にかけます。
そして、「はらいたまえ!きよめたまえ!」と唱えながら、手で首や肩をたたき(何かが付いているのを払い落とすイメージ)、これを気が済むまで続けます。
これでたいていは、邪気を祓うことが出来るので、その後、肩が軽くなったりするはずです。
私もよく「低級霊が憑いているな……」と思うことがあり、たまにこれをやって祓っています。

2.入浴で清める
元々入浴とは邪気払いの意味があり、身体を清める行為につながります。
シャワーや綺麗なお湯の張った湯船に浸かる時、何か悪いものが身体から流れていくイメージを思い描きます。
これを意識するだけで、身体のけがれと共に邪気をも洗い流すことができます。

ちなみにこれら方法は、呪われパターン3の怨霊、悪霊、祟りには通用しません。
これに関しては、専門の人に祓ってもらうことしかできません。
上記の簡易祓い方法では解決不可能です。
霊能力者や祈祷師、徳の高い僧侶に診てもらわなければならず、お金や時間と手間がかかりますし、また詐欺に引っかかるリスクもあり、大変面倒な事につながります。

心霊スポット巡りの後は必ず付きもの。なので、私は絶対に行かないようにしています。
私は常々、「心霊スポット巡りは絶対にしてはいけない。面白半分な行為は霊を冒涜する行為」と訴え、いかに危険かを伝えています。

人生初の呪いは小学生の頃

私が初めて、人を呪ったのは小学校の時。
同級生にすごく嫌いな女子がいて、私に対し強い口調や態度を取り、私は完全に見くびられていました。
給食当番の時、そいつと一緒に行動しなくてはならず、給食当番の週が来る前日の日曜日のたびに、憂鬱とストレスになっていました。

その当時、呪いの知識も道具もありませんし、ましてや「人を呪わば穴二つ」というのが脳裏にありましたから、中々勇気がありませんでした。

が、やはり限界はやって来ました。
内容は忘れたのですが、その日いつも以上にそいつから強い口調で何か言われたんだと思います。
その時、ついに心の中で堪忍袋の緒が切れたんですね。

しかしながら、私自身気弱で大人しくウジウジしていまして、とても言い返すことのできる子供ではありません。
結局その日も何も言えず終わりました。

例の給食当番が来る・・・、また奴と一緒に行動しなくてはならない・・・、子供ながらすごく辛かったですね、あの時期は。

怖さと悔しさを交えつつ、ついに私は、呪いを行いました。
自室で、紙を人型に切り、奴の名前を書き込み、キリ(工具)で一心不乱に滅多刺しにしたのを覚えています。
それをやっている最中、その日の予報に大雨はなかったのに、急に雨が降り出し、稲妻が走りました。(本当の話です)
時間帯は18時頃で、深夜でもなんでもないのに、すごく不気味に感じました。(ホラー映画に登場するような稲光の走る洋館みたいなイメージ)

やはり自分は子供ですから、その当時、強い恐怖と後悔に震えました。
「どうしよう……、呪いが返って来るかも……」
「呪いは必ず効果がある」という、子供ながらの純粋な絶対的な思い込みがあって、呪いが効く前提で恐怖したのを覚えています。

次の日(数日後だったかもしれません)、その相手、盲腸の手術か何かで入院したんです。
その時の私は、呪いが効いたとはまず思わず、真っ先に「やった、これで奴と給食当番しなくてもいい!」と喜びました。

偶然と言えば偶然ですが、でもこれってあまりにもタイミングが良すぎる。
私は今でも偶然として捉えてはいません。

ちなみに私にその呪いは返ってきていません。

子供の、純粋な呪いは恐ろしい。
霊感も大人になるにつれ、なくなると言われますが、それは純粋さを失うからかもしれません。

余談ですが、オカルト板で、似たような経験をした人がいて驚きました。
その人もまた、人型の紙にクラスメイトの名前を書いて切り刻んだら、その後すぐ相手が盲腸で入院した事があったそうです。(盲腸という点も同じで驚いた)
そして呪いは返って来ていないそうです。

その人も私と同じく、当時絶対に呪いは効果があるという謎の自信があったそうです。
疑いもせず純粋に信じていると、呪いや念というのは、効果があるようなんですね。

皆さん、人の思いには力があります。
たとえ非力な子供からでも、怨まれないように気を付けた方が良い。

プロフィール

霊睡蓮

名前:霊睡蓮
1989年生まれ/大分県/AB型
コノ怨ミ……晴ラシテミセル……
根に持つ性格で、受けた怨みは一生忘れない。
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