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女性のホラー耐性

俗に、男性よりも女性の方が、ホラー・オカルト好きって多いですよね。
今回は、フロイトの精神分析より簡単に説明したいと思います。

人間は、3~4歳くらいまで男女の差なく育ちます。
性(性器)に目覚める男根期になり、「男の子」「女の子」という意識が目覚めます。
さらに、男女の性質を別けるような、心理的変化が起こります。

男の子は、「性器を切り取られてしまうのではないか」という「去勢不安」に陥ります。
フロイトの提示した「エディプスコンプレックス」というもので、無意識的な葛藤が始まります。
「エディプスコンプレックス」とは、母親を手に入れようと思い、父親に強い対抗心を抱く心理的抑圧のことです。
子どもが、母親を独占したいとばかりいると、父親から「お前の性器を切り取る」と脅かされるというものです。
この脅しを無意識的な「去勢不安」として感じるようになります。
無意識的な「去勢不安」により、子どもは母親を得たいが去勢されてしまう、というジレンマに陥るわけなのです。

話を戻します。
男性の場合、この「去勢不安」があるがゆえに、常に不安を持ち合わせており、臆病なところを表に出してしまうことが多い。
つまり、いつも何かに怯えるようになってしまうのです。
反面、女性にはそうした不安がありません。とても現実的であり、かつ活動的なのです。
女性が男性よりも、精神的成長が早いのも、この違いがあるためだと言われています。
そして、女性は不安が少ない分、恐怖心を持ちづらいのです。

だからこそ女性は、男性よりも、恐怖に憧れや好奇心が強いのかも知れません。
つまり「怖いもの見たさ」というのは、女性の持ち得ている性質なのです。
常に恐怖と不安を持って成長した男性にしてみれば、なぜ怖いものを見たいのか理解できないわけです。

そういった意味もあり、ホラー好きな女性が多いことも納得できるかと思います。
もちろん、全ての女性が怖い物好きというわけではありませんよ、念のため。
それに、男性でもホラー・オカルト好きはいますから、私みたいに。

・・・最後に。
男性が不利ではないかと言われそうですが、そういうわけでもありません。
女性は不安が免除され活動的ですが、その代わり、「理論的に物事を考える」ことが不得意になります。
男性は、いつも不安に怯えてますから、それを何とか克服しようと「理論的に考える」術を手に入れます。
女性の現実的というのは、本能・感情的のことです。
まあ、だからこそ女性は「直感」が鋭いわけなのですが。

また、理論的な考えを苦手とする女性は、「自我」(葛藤を抱えながら社会性を身に付けること)の成長がしづらいといわれています。
結果、今まで精神的低かった男性とでは、「社会性」という面において逆転現象が起こってきます。
つまり男性の方が、現実的に社会を見ることができるようになるというわけです。
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マヤの予言・世界滅亡まで後一ヶ月

2012年12月21日。
古代マヤ暦の長期暦が終わる日のもので、世間では「世界終末」だと囁かれています。
マヤの予言は、過去ことごとく的中していることもあり、この説を重く感じている人は多いようです。

フランス南西部・ビュガラッシュ山は、マヤの予言・世界滅亡説を信じる人々にとって、数少ない「聖地」。
その世界滅亡の日が間近に迫っていることから、終末論を信じる熱狂的なオカルトマニアや観光客、メディア関係者がビュガラッシュ山に殺到する事態を予想されます。
地元当局は、公共の安全を理由に山頂に至る山道への立ち入りを禁止。
世界が終わる前に、この「聖地」へ逃げこもうと計画していた人たちの希望は、絶望に変わったそうですね。

ある話によると、2012年12月21日「世界滅亡」にあたり、ビュガラッシュ山の山頂が開かれ、異星人の乗った宇宙船が現れる。そして、山頂にいる人間を滅亡から救ってくれるのだという。

最近このような記事がありました。
ある中国人の陸さんは、マヤの予言を信じ、二年間で150万元(約1950万円)を費やし、「ノアの方舟」を制作。
この陸さんの行動について、ネット上では「ただの売名行為だ」との声もあり、「方舟作りよりも目の前の生活をもっと大切にしては?」と、言われる始末だったそうです。

12月21日は、どのようなことが起こるのでしょうか。
オカルト好きな私でも、その日は何も起こらないのではないかと予想します・・・。
しかし、12月21日ぴったりでなくとも、翌年2013年に何か恐ろしい出来事が起こるような気もするのです。
もしかすれば、12月21日以降に起こる「何か恐ろしい日」のために準備・用心しておけとの忠告なのかもしれません。
そういった意味では、陸さんの「ノアの方舟」が役に立つのかもしれませんね。
彼のように信じている人こそが、本当に救われそうな気がします。

俗に囁かれている考え。
9.11 米同時多発テロ
3.11 東日本大震災
数字を足し合わせると
9.11+3.11→12.22

この数字になるのが、「マヤの予言」なのか、それとも「偶然」を意味しているのか・・・。

党錮の禁(再)

以前ブログにて、「党錮とうこの禁」について簡単に説明しましたよね。
今回は、その出来事をもう少し紐解いて解説したいと思います。

後漢時代に起こった、士大夫(清流派)VS宦官(濁流派)による弾圧事件。
(分かりやすく例えるのであれば、国家公務員VSニューハーフ集団)
和帝、桓帝の時代、宦官の力を借りて外戚の排除が行われていました。
桓帝の時代には、外戚勢力を滅ぼした五人の宦官(のちに「五候」と呼ばれる)が、県侯の封爵を授けられます。
五候の私利私欲により腐敗を招き、それ以降、宦官による政治壟断が決定的となります。
特にその専断は、外戚の専断時代よりひどく、政治の汚濁が全国を覆うことになります。

宦官勢力とそれを支持する一党に対し、政治の主流から外れた士大夫(知識階級)が、儒教的信念や復権を求め、濁流派による国政の私権化を批判する動きが盛んになります。

宦官は、その批判を封じ込むため、士大夫勢力の大粛清を行います。それが例の「党錮の禁」となります。
「党錮の禁」は、全て宦官の勝利に終わり、「五候」以降の宦官グループ「十常侍」の台頭にも繋がります。

★第一次党錮の禁
166年(延熹9年)、宦官たちは、「学生たちと党派を組み世間を惑わしている」として李膺りようたちを告発。
宦官の偽報告を信じた桓帝は激怒し、李膺一派に逮捕令を発する。
それに対し、陳蕃ちんばんは、「皆天下の名士・忠臣であるのに、なぜ罪も無くこれを逮捕する」と諫言、署名することも拒否。
しかし、李膺一派は投獄され、彼と関わりのあった者たち二百名も逮捕される。
宦官たちは、大赦令を発し、党人二百人を終身禁錮に命じる。これにより、第一次が終結する。

★第二次党錮の禁
桓帝が崩御すると、外戚の竇武とうぶは、十二歳の霊帝を即位させる。
竇武は、陳蕃・李膺たちと結束し、宦官の皆殺しを計画するようになる。
しかし、すでに予見していた宦官たちにより、竇武は自殺に追い込まれ、陳蕃は獄死させられる。
その後、竇太后は幽閉され、竇氏一族はことごとく粛清されてしまう。例外なく、竇武により官界入りした者やその一党も全て禁錮処分を受けた。
また、清流派の張倹ちょうけんに恨みを持つ者の讒言により、清流派全体の追求が再び始まる。
この追求により、李膺は殺される。
そればかりでなく、宦官の恨みを少しでも買ったものは「清流派」と見なされ、八百人余りの者が、死刑・流刑・禁錮の罪にさせられた。この状態で、第二次は終結する。

宦官により、合計二千人余りの人間が惨殺され、その内の二百人余りが見せしめとして、厳しい拷問を受けています。
この出来事により、宦官の恐ろしさを世に知らしめるきっかけとなりました。

・・・後漢時代といえば、宦官勢力が優位にあった恐ろしい時代です。
それに加え、各地の豪族が力を付け、機会を窺っている時代でもあります。
あの「三国志」が始まる予兆です。

皆さん、この呪われた漢王朝について、どのように思われるでしょうか。
私でしたら、間違いなく「濁流派」に付いていたと思います。(以前も言っていたような・・・)
それでも、「清流派」に付こうとされる方は、信念のある素晴らしい人だと思います・・・。

心霊体験『向かいの親子』

皆さんは「霊感」ってありますか?
私は残念ながら、霊感を持っておりません。
しかし、私は心霊写真を持っていたことがありますし、霊を見たこともあります。そして、今まで生きてきた中で、不思議な体験もしています。
今回、私自身が体験した話を紹介したいと思います。(期待させるような話ではありません・・・)

ある日、私は、自宅向かい側にある空家(当時)にて、謎の女二人を目撃しました。
私は小窓から外を眺め、簡単に天気や温度を確認することをよくしています。
そんなある時、ふと向かい側にある空家の窓に目が移りました。
・・・なんと、そこには女性と女の子(親子?)が立っており、私を見つめていたのです。
私はとっさに小窓を閉め、「変なところを見られてしまった」と嫌な気持ちになりました。この場面はかなり覚えています。
・・・小窓からじっと外を眺める眼。はたから見れば、私の方が完全に怪しいですよね。
そういった意味もあり、相手を不快にさせたかもしれない、という気持ちが先に動いたわけなのです。

しばらく経ち、私はあそこが空家だったことに気が付きます。そして同時に、違和感が広がりました。
今考えても、引越しの下見に来ている風ではありませんでした。上手く表現できないのですが、「不自然」なのです。
それによく考えると、なぜ小窓から覗いている私の目と、偶然にも目が合ったのでしょうか。
(距離は結構ありますし、「小窓」とあるだけにかなり小さいものです)

・・・それ以来、私は彼女たちを思い出そうとしていますが、どのような表情だったのかが曖昧となり、上手く表現できずにいます。
不思議と、私は恐怖を感じませんでした。

・・・こういう話をすると、「霊感があるのではないか」と言われるのですが、私は持っていません。
もしあるのであれば、日常生活ずっと、霊を見続けなくてはなりません。
それに多くの浮遊霊や自縛霊といった低級霊が、私を頼って来ることになります。
私は幸いにも、霊障が起こっていませんので、これは確実です。

私が目撃した奇怪は、霊と「波長」が合っただけの話なのです。
これにより、日時や場所によっては、時宜、つまり波長が合う時が存在することが分かります。
つまり、霊感を持っていなくても、霊を見てしまうことがあるということです。
実は、もう見ているのかもしれません。
霊感のない人は、それに気が付かないだけなのです。

・・・霊をよく見てしまう人は、恐怖ものを見聞きした時など、特に気をつけた方がよいでしょうね。

妖狐伝承について

狐といえば、妖術を使う魔物、妖怪としてよく話題に上がりますよね。
これは、日本だけがそのように信仰しているかと思われがちなのですが、実は中国でもこの考えが存在します。

「九尾の狐」は有名ですが、これは中国神話に登場する妖怪です。(日本が発祥ではありません)
この名前を聞くと、ポケモンに登場する「キュウコン」を思い出す方もいると思います。
設定上、「1000年間生きる」「祟りや呪いを起こす」「執念深い」「怨念」などがキーワードになりますが、そういった意味があるのです。
キュウコン使いの人は、きちんと元ネタを理解しておきましょう。

しかしながら、「九尾の狐」など狐にまつわる伝承・昔話の物語では、よく「悪霊的存在」として扱われますよね。そして、必ず「絶世の美女」に化けて登場します。
アニポケ「きりのなかのキュウコン」でも、美女(キュウコンの妖術)として登場していましたし。
それほど狐という動物が、不気味であり、かつ神秘的な存在感を放っていることを意味しますね。

日本は平安時代より、狐を「恐ろしい存在」として語り継がれています。
平安時代の文献には、オカルトを信じる女性や精神薄弱者の間に多く見られる言動が存在し、自ら狐となり、様々な事を口走ったり、動作をしたりするという話が残されています。
この言動を「狐憑き」と呼ばれ、今日まで伝わっております。
当時、取り憑いた狐を排除するための呪術なんかもあったそうです。

狐に化かされないためには、「眉に唾をつけるとよい」と言われていますよね。理由としては、眉毛の数を読まれないようにするためです。狐には、眉毛の数で力量や器を評価し、人の心を推察する能力があると言われています。
オカルトや真偽の疑わしいものを「眉唾もの」と言いますが、そういった由縁もあるんですよ。

説明できない超常現象一般を狐の仕業にすることって多いですよね。
得体の知れない怪光を「狐火」(鬼火)と呼んだりもします。
また、「こっくりさん」といった降霊術がありますが、実際、こっくりさんの正体は低級霊です。動物霊や低級霊に占われるって、癪だと思いますけれどね・・・。
狐にとっては、人間から身を守る上では、助かっています。挙句の果てには、崇められることもあるのですから。

私からすれば、人間の考えた俗説を理解し、もう少し懐いて欲しいですね。(これ自体、人間のエゴですが)

プロフィール

霊睡蓮

名前:霊睡蓮
1989年生まれ/大分県/AB型
コノ怨ミ……晴ラシテミセル……
根に持つ性格で、受けた怨みは一生忘れない。
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