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夭折の理由

夭折ようせつとは、才能を持ち得ながら、年若くして死亡することです。

主な要因としては、病気や不慮の事故、自殺などがあり、そのほとんどが子孫を残していない状態になります。
「才能ある人は短命である」とはよくいったもので、神がその人物を欲したがゆえに、召されたのだと言われていますね。

後世に多大なる貢献を行った人物に使われますが、歴史的業績を築いている途中(期待されている中)で亡くなった人物にも使われています。

現在は、30歳以下で亡くなった人物を「夭折」として扱う傾向のようです。

ネットで検索してみるといいでしょう。
学者・研究者・文学者・芸術家・技術者・芸能人など、幅広く夭折した人物の一覧がありますから。
最近だと、ライトノベル作家に多い気がします。

歴史上の人物にもその傾向は高い。
古代中国の皇帝は、特に後漢王朝がひどく、平均30歳以下で崩御しています。
日本の天皇も、やはり若くして崩御している人物は多いです。
夭折する理由は、いわゆる近親相姦が原因だと言われています・・・。

とはいえ短命な人は、やはり冒頭でも書いた通り、天がその人物を欲するのだと思います。
以前ブログで、前世から今世にかけて、魂には必ず「テーマ」が存在する、ということを語ったのを覚えていますか?
実はこれに関係があり、魂レベル及びテーマを乗り越えた人は、死んでしまうようなのです。
・・・魂レベルがあまりにも高くなり過ぎると、この世のレベルと合わなくなるのが大きな理由です。
つまり、「もう人間として修行する必要がない」という意味に繋がるわけです。

早くに亡くなった人物は、与えられたテーマをクリアしてしまったのか、あるいは聖人になってしまったのか、定かではありません・・・。

しかしながら、長命を批判しているのではありません。
当然、魂レベルやテーマは、人によって全く異なりますので。
人によってはクリアでも、それ以上の修行を積まなくてはならない人もいるわけですから・・・。

私自身、色々と迷走状態に陥っていますから、修行どころではありません。
しかし、清く正しく生きることだけは忘れてはいません。
これこそが、一番の修行なんですよ。
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中国を知る必要性

私は、中国に興味を持っている人間です。
現代中国については、・・・あまり好きではありませんが、中国文化・歴史に関しては、大変尊敬しています。
日本は、中国文化に影響されていることもあり、やはりどこか落ち着きを感じるわけです。
漢字文化圏であり、日本語のルーツは中国語にあるわけですから、若干なりとも親しみを感じませんか・・・?

日本人と中国人の違いは、自己主張の有無などが挙げられます。

日本は海に囲まれた島国であり、他国から征服されたことがない上に、単一民族ですよね。
中国は、主流の漢民族以外にも、異民族が数あまたに存在する多民族国家。

日本は、自分を過度に主張することを「恥」とし、大人しくもの静かな態度が好まれます。これは同民族しかいない国なのですから、当然自分の存在をアピールしなくても良いわけなのです。
一方、中国はそうもいきません。
約13億人ものいる中、自分の存在を大声で主張しなくては、皆から無視されてしまうのです。
それゆえに、自己主張をしていかなければならない民族なのです。

また、日本人と中国人は、趣も異なります。
日本人は、建築や庭園、工芸品、料理など、地味で質素なものを好む傾向がありますよね。
一方中国人は、豪華で色鮮やかなものを好みます。

中国人は、日本文化を学ぶ時、「なぜこんなに地味なのが良いのか理解できない」と思うそうです。
逆に日本人は、度キツイ色合いなどを見て、素直に美しいと思う人はあまりいないかと思います。
私自身、黄色で塗られた中国陶磁器を見た時、「もう少し控えめにすればいいのに」と、思ったことがありました。
・・・日本では、黄色の陶磁器など、あまり見かけないじゃないですか。

中国では、強く目に映える「黄色」は、中国皇帝の象徴色として扱われていたぐらい、大切にされていました。
つまり、中国人が黄色など派手な色彩を好むのは、富・名誉・権力を表す象徴として考えるからなのです。

しかし、それが度を越したのか、現代中国では黄色を、「官能的、卑猥」として認識されています。(日本は「桃色・ピンク」がそれに当てはまる)
向こうでは、いかがわしい小説や映画を「黄色小説」「黄色電影」、売春取締りを「掃黄」などと表現するそうです。

・・・さて、話は変わります。

最近、日本と中国の関係はさらに悪化しつつあるじゃないですか。
靖国参拝、尖閣諸島、反日デモなど、両国は大きな問題を抱えていますよね。
しかし、まずは相手国のことを知らなくてはならないと、私は思います。

特に交渉時などは、中国に詳しい人(またはパイプのある人)を用意する必要があると思いますね。
日本は、中国の性格や特性を深く考えずに、交渉や牽制をしている節を感じます。
「敵国・中国など、日本が一々知る必要はない!」という人が多数かと思いますが、私はむしろ相手国のことを知った上で、発言するべきだと考えています。
敵国だからこそ、詳しく知っておくべきであり、対策・戦略は練っておく必要があるわけですよ。

世界大戦時代、日本は、「敵国の文化や言葉は排除すべし」といって、思想統制がされていましたね。
その一方アメリカは、敵国・日本を研究する国家プロジェクトが組まれていました。
そしてその結果は、・・・言うまでもありませんね。

日本と中国は、尖閣諸島問題も相まって、大変仲の悪い国同士。
しかしながら、そんな国とも付き合わざるを得ません。
まずは中国に詳しく、かつ繋がっている人物を重用すべきだと、私は思います。

今後、日本政府が中国に対して、どのような対応に出るのか楽しみですね・・・。

典型的な宦官の特徴

私は、小説やブログを通して、宦官について語ってきました。
そこで今回は、あえて宦官の「負の部分」を紹介したいと思います。

基本的に宦官は、宮廷内でしか力を発揮できないこと、世間から偏見・奇異な目で見られている点などが共通しています。
そして、いったん集団結束すると、それこそ一枚岩となり、強い態度になる点も見受けられます。

「外見編」
★女性・中性的
思春期前に去勢すると、「第二次性徴期」を迎えることができず、外見が女性的になる。
男性ホルモンが分泌されず、筋肉が付かない上に、骨発達異常により四肢が異様に長くなる。
ヒゲは生えなくなるが、むしろ髪の毛はフサフサになる。(男性ホルモンの影響を受けないため、禿げることはなかった)

★極端に肥満or痩身
女性的になると、筋肉が付かなくなり、臀部を中心に太りやすくなるのが理由。
若い宦官は肥えている者が多いが、年を取ると一気に肉が落ち、シワだらけになる。(実年齢よりも老けたように見えるらしい)

★甲高い声
「第二次性徴期」欠如の影響で、完全に声変りを迎えることができない。
ゆえに、おばさんのような細く尖った声になり、とても耳障りだったらしい。

★前かがみ・猫背
尿を漏らさないようにするため、前かがみでちょこちょこと歩き回る。
この歩き方を見て、世間は一般人と宦官とを区別していたらしい。

★体臭
新米宦官は、排尿の調節ができず失禁してしまい、臭かったという。
また去勢しているため、切断部分が腐っていたのが原因だとする説もある。
しかしながら、皇帝や皇后に仕える身分なため、毎日清潔にする必要があった。
ゆえに、失禁した場合は、厳しい罰が待っていた。

「内面編」
★歪んだ性格
宦官は必要以上に、恨みや妬み、猜疑心、執着を持つ者が多かった。
そして、宮廷奴隷として扱われる屈辱に加え、感情的で情緒不安定となる女性的要素も加わる。
幼少期から宮仕えしている者が多く、家族による愛情を知らないため、このような人格形成になるわけだ。
また後宮と呼ばれる隔離世界は、女同士の恐ろしくも激しい、嫉妬渦巻く環境。
皇后や宮女の手先として暗躍する宦官も多く、当然女性のような性格になることは言うまでもない。
しかるに、彼らの得意技「媚びへつらい」を失くしては、絶対に生きていけない世界であった。
宦官は、自身を軽蔑・ないがしろにした者に対し、いつまでも根に持ち、復讐することを考える。(権勢を振るった宦官のほとんどが、自身を否定する者を死罪や拷問にかけている)

★無教養
宦官の多くは、子供の頃から教育を受けていないため、無教養のまま大人に成長する。
ゆえに非常識であり、もはや宮廷の外(一般社会)では、全く持って無力であり生活する術を知らない。
読み書きのできる宦官は数少ないが、前述の媚びへつらいも相まって、口だけは上手かった。

★異常な出世欲
宦官の世界は、完全なるピラミッド形式。
一つ階級が違うだけでも、上下関係は厳しく、先輩によるイジメもあったらしい。
まず新米宦官は、宮中で長く仕えている老宦官に近侍する。
そこから宮廷のしきたりなどを学んでいくが、非常に複雑であり、挨拶ひとつでも何通りも存在する。(仕事を覚えるのに数年はかかる)
首尾よく出世する者はごく一握りであり、そのほとんどが下級宦官として生涯を終える。
また、いったん上級宦官になると、不正や賄賂を行い、さらに上を目指そうとする。
出世欲が強く「限界」という概念を知らない。(宦官ゆえに性欲が大幅に削られていることが作用し、その分「出世欲」に変換されている)
しかしながら、権勢を欲しいままにした宦官ほど、哀れな末路になることが多い。


これらはあくまでも「典型的な宦官」の特徴です。
全ての宦官に当てはまるわけではありません。
中には、北宋時代の宦官・童貫のように、ヒゲを生やした上に筋骨隆々だった人物もいたぐらいですから。

今回は、いわゆる「ステレオタイプ」を紹介した記事になりました。
一つの概念に囚われず、きちんと相手の内面を見て、物事を判断する必要がありますね・・・。

挙動不審の伝達

皆さんの周りに、挙動不審なる人っていると思います。
なぜ、オドオドしてしまうのかご存知でしょうか?
そして、そんな人間を見て、強い口調になる人がいますよね。

オドオドする人は、自信を持っていないことから生じる場合もあるのですが、たいていは相手を嫌っている場合が多いものです。
相手に何か言われるんじゃないかと不安・恐怖を感じているわけですね。

そんな態度を取られた相手は、「自分を信頼していない、嫌っている」と本能的に感じ取ります。
そして、勝手に腹を立てて、強い態度を取ることで、徹底的に攻撃するわけです。

馬鹿ですよね。
もちろん後者のことを言っています。

理解ある人であれば、なぜ相手はオドオドしているのか、どのように接すればよいのか、を考えるものです。
視野の狭い人は、相手の精神・内面を見よう(見えない)としないわけですから、前述より本能のままに従うわけです。
まあ、自分に余裕というものがないんでしょうね。
これは、強く振舞うことで、弱さを隠しているという事実に繋がります。
本当に強い人間は、物事をよく知ってますし、相手をそのように攻撃しませんから。

そもそも、周りにオドオドした人がいた場合、優しい言葉をかけて、安心させてあげようと思いませんか?
私自身、堂々とできず挙動不審な人間ですが、やはり優しい態度を接してくれた人には、心開いたものです。
逆に、そんな私を見下し、「こいつは反論もしないから、別に利用してもいいだろう」的な人もいましたね。(もちろん、口に出していませんが、態度から読み取れました)

皆さんの周りで、当てはまる人がいれば、その人のことを理解してやって下さい。
これをできない人は間違いなく、自己的で思いやりの欠如した痴れ者です。

しかるに、挙動不審になってしまう人は、そんな痴れ者に目を付けられないために、堂々とした態度を取りましょう。
といっても、容易でないことは理解しています。(私もそうですから)

では、その解決の一歩をお伝えします。
オカルト的な話になりますが、以下のことを試してみて下さい。

まず思い切り空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出します。これを何回か行います。
そして、その吐き出した息が、自身を包み込むイメージをします。
吐き出した空気が、波動となり、頑強なシールドになっているのを思い浮かべるのです。
納得するまで続けてもいいし、一回だけでも構いません。

・・・これで、外に出てみて下さい。
普段よりも堂々とすることができ、周りの目がほとんど気にならなくなりますから。

好きなる事の罪悪感

先日、高校時代に書いた小説(同人誌)を見つけ、恐るおそる読んでみました。
・・・懐かしい。
かつて私は、「文芸同好会」なるものに所属していました。
高校の文化祭にて、同人誌を配布するのが最終目的です。

私を含めた五人(他にも協力者が数名います)が、それぞれ小説を書き、それをひとつの冊子にするわけです。
それぞれジャンルが異なり、ある人は日常ものや詩文、またある人は歴史もの、そして私自身はミステリー系を書いていました。
今思えば、私にも「仲間」(友人という概念を別にして)が存在していたわけですよ。
あれから約六年の月日が経ったわけですが、今その四人はどのように過ごしているのかが気になります。
再び集う機会があれば、同人タイトルに「改」を加え、復活宣言したいものです。

そんなこともあり、小説制作に少し意欲が湧いてきたわけです。
・・・そんな私を皆さんはどう思いますか?

皆さんの中で、好きなことに熱中することについて、罪悪感を抱く人はいませんか。
分かりやすく言えば、「みんなが苦しい思いで仕事や学校に行っているのに、自分だけ好きなことをしている」という罪悪感のことです。
つまり、苦痛に思うことを一生懸命に取り組んでいる人は「善」であり、好きなことや楽しいことに打ち込んでいる人は「悪」という考え方です。

・・・大変馬鹿げている考え方だと思います。
人間は哀れにも、辛い生活に身を委ねることで、「私はこんなにも努力している」という気持ちになり、それを持って報われるという幻想を持ちます。
そして、自分以外の者が好きなことをしていると、見下し非難することは珍しくありません。ましてや、その「好きなこと」をやめるように諭す人間もいます。

私自身も、実際に言われたことがあります。
大学時代の進路相談の時、
「小説を書くことよりも、現実的なことに目を向けろ」的なことを言われました。
つまり、理想を捨てて就職しろと言っているわけですね。

このセリフを吐いた人物は、周りから嫌われている人でした。
多少なりとも文章に携わったことのある人物と聞き、的確な助言がもらえるかと期待していたら、この取るに足らない言葉ですよ。
小説を書いているのが現実逃避しているように見えたのか、はたまた自身がそれ関係で成功したことがないのが理由なのか、全く持って不明瞭な発言です。

好きなことをすることは、実は多大なる覚悟が必要です。
「苦痛に耐え続けることは素晴らしい」という考え方は、単なる自己満足に過ぎません。
むしろ、好きなことをあきらめさせ、苦痛に耐える道を推奨する人間は、器量の狭い人間に成り下がります。
理想を追い求める人間をさげすむことは即ち、理想を捨てた人間の嫉妬と言い換えることができますね。

しかしながら、苦痛を要求する人は、仏教の影響があるのかもしれませんね。
仏教の基本概念は、「苦行を積んだ者は、輪廻転生から解脱できる」というものです。
おそらくそれが、苦痛を選ぶことで報われるという考え方に発展したんでしょうね。
はっきり断言すると、仏教と結び付けるのはナンセンスです。
仏教は、あくまでも「解脱するために苦行をこなす」というプロセスです。
別に、全ての人に押し付けているわけではありませんからね。

したがって、苦痛を欲するのではなく(生きている間、望まずとも困難の方からやって来る)、好きなことに目を向けるべきです。
嫌なことばかりを優先していては、全くモノにできないことは明白。
困難を乗り越えつつ、好きな事柄に集中すれば、おのずと人間的成長が得られると思います。

私自身、生命尽きるまで好きなことをし続けるつもりです。

プロフィール

霊睡蓮

名前:霊睡蓮
1989年生まれ/大分県/AB型
コノ怨ミ……晴ラシテミセル……
根に持つ性格で、受けた怨みは一生忘れない。
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