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即身仏とは

仏教では、「即身成仏」というものがあり、究極の悟りを開いた状態のことを言います。
一方、「即身仏」とは、厳しい修行をし絶命することを言います。ミイラ化したその骸を、御神体として祀られることに意味を持ちます。

もっと端的に言えば、即身成仏は「生き仏」、即身仏は「死せる神」になる、といった感じでしょうか。

で今回は、即身仏について書きたいと思います。
日本仏教として広められ、特に江戸時代に集中しているのが特徴的です。

僧侶や行者が土中や樹の穴に入り、瞑想を行い、そのまま死ぬのを待ち続ける修行。
つまり、死を前提にしなければならず、仏教修行の中で極めて過酷なものとなります。

木食修行もくじきしゅぎょう」と「土中入定どちゅうにゅうじょう」があり、前者は、米や麦などを断ち、身体の脂肪、水分を落としていきます。
(「入定」とは、悟りを開くという意味があり、死とは永遠の生命であるとする)
即身仏、つまり御神体の形成を作る、非常に厳しい過程なわけです。

その後は、土中入定となります。
深さ三メートルほどの穴を掘り、そこに石室を築き、生きたままの身体を木棺に納めた後、埋められます。
埋められた行者は、いつまでもいつまでも、鐘を鳴らし読経を唱え続けます。(鐘の音が聞こえなくなると、絶命した証拠として掘り起こされ、そして再び埋められる)

・・・それから約三年半後、再び木棺が掘り起こされます。
木棺の中に、御神体となったミイラがあれば、・・・即身仏の完成ということになります。
こうして、その即身仏が寺院に祀られることで、長い長い修行の終わりが告げられるわけです。

しかしながら、即身仏は失敗率が高く、腐敗過程が上手く辿れず、ミイラになれなかったものも多い。
衆生救済を尽くす活動、徳を積んだかどうかによって、ミイラ化するかどうかといった感じでしょう。

実際のところ、入定修行の成功、及び周辺環境に影響があり、かつ関係者に意味なく掘り出されるかに左右されるわけです。
後者の場合、逆に、二度と掘り出されることのなかった行者も多数存在するようですが・・・。

実のところ即身仏は、即身成仏の概念を間違って輸入された修行だったりします。
しかし、徳を積んだ人物がミイラとなり祀られ、崇められることには賛成です。
そうは言ってもやはり、生き仏になるための修行の方が、いいですけれどね・・・。
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プロフィール

霊睡蓮

名前:霊睡蓮
1989年生まれ/大分県/AB型
コノ怨ミ……晴ラシテミセル……
根に持つ性格で、受けた怨みは一生忘れない。
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