縁を切るは幸運

今回はスピリチュアルなお話を。
オカルト、スピリチュアルなどに興味のある方であれば、一度は聞いたことのある「魂レベル」。
魂レベルとは、要するに精神年齢のようなもの。
ことわざで「三歳の翁、百歳の童子」というのがありますね。

この世は「類は友を呼ぶ」の法則で、自分と似通った人たちと仲間になります。
仲の良い友人や知り合いなどを見ると、自分と似ているところがあるかと思います。人は鏡ともいい、相手の良い面・悪い面は自分も有しています。

例えば学校でのグループは似た者同士なはずです。また客観的に見て、性格の悪い奴はやはりそれに相応しい人格と共に塊になっているかと思います。
相手がどういう性格かを知りたいかの判断材料は、その相手が所属しているグループを見れば一目瞭然でしょう。

自分よりも魂レベルの低い人と関わると、自身の魂レベルを相手の低さまで下げ、関わることになります。
最初の頃は仲が良かったけれど、何となく合わなくなってきたは、レベルに差が出始めた証拠です。

親友がいたとします。
例によって、性格が合わなくなったとか、むしろ嫌いになりつつ状況であるとします。
そういう時、魂レベルの話を知っている人は、こう思うはずです。
「魂レベルに差が出てきたんだ。だとすれば自然と縁が切れるはず。もう少し我慢しよう」と。

確かにいずれは縁が切れるでしょう。
しかし私個人は、自然に縁が切れるのを待つのは馬鹿らしいと考えます。
もう関わりたくないと決めたら、さっさと縁を切りましょう。

前述にあるように、魂レベルの低い人と関わると、自分の魂レベルを一旦下げなくてはなりません。
それに合わせるのを繰り返すと、相手に引き込まれ自身の魂レベルが下がったまま停滞するようになります。

実は縁を切ることは運気を上げることにも通じます。
嫌いな奴とはさっさと縁を切り、新しい出会いを取り入れましょう。
でないと、いつまでも一部の人たち(魂レベルの低い人たちの場合に限る)といると、新しい風が入ってきません。

しかし、縁を切ることに多少なりとも抵抗や恐怖があるならば、実行しない方が良い。自分の心に従った方が良いですから。
本当に縁を切ってもいいと思えるほどの相手だったら、すんなり縁を切る判断ができるはずですし、縁切りを惜しいと思ってしまうならばやはりその人と縁があるのでしょう。
また、縁を切ったところ、その人と本当に縁があるならば、生きている間に必ず再会します。

私も色々な人と関わってきましたが、マイナス思考でネガティブな事ばかり言う人がいました。
「どうせ自分なんて、○○だから」的な感じで、人に慰めてほしいのか、事あるごとに自分を蔑む人がいました。
そのたびに、私まで暗い気持ちになり、面倒だなと思うことがありました。(人は鏡というから、自分にも有する部分もあるのだろうけれども)

この場合、自然と縁は切れましたが、どうせ切れるのならば、さっさと縁を切っておけば良かったと思っています。
自然と切れるまでの時間がもったいないと思ったからです。
どうせこの先、縁が切れることを分かっていたのですから、尚更です。(この頃の私は、自分から縁を切ってはいけないと信じていた時期だった)

私の縁の切り方は、疎遠になることです。電話やメール一切を無視するなど。
直接何か物を言ったり、不快な事をするなどの強制絶縁はいたしません。(余計な恨みを買われますからね)
ゆえに、恐らく相手は嫌われていることに気が付かないはずです。
無視することで疎遠になる方法はスタンダードでありながら、争いを避ける最も良い方法なのです。

私の場合、恨みや呪いをかけるほどでもないけれど、妙に腹立つ相手の時に、縁切りを実行。(謝罪があれば、基本許しますけれどね)
しかし、些細なことで恨みや呪いをかけたりする私のような人物から、縁を切られるというのは、ある意味で運が良いと思いますね。

友人は自然と集うのがいいかもしれません。
しかしある程度の「厳選」も必要です。

不要な人は、たくさん縁を切っていきましょう。
自分自身の運気を上げるためです。
「自分」を大切にしない人は、やはり「自分」を大切にしてくれない人を引き寄せます。
自己愛とまではいかないにしても、自分を大切にせず犠牲にしてまで生きる人生って私は嫌ですね。

縁を切るのは簡単なようで、難しい。
学校や職場などで、縁を切りたくとも切れないことが多いのも事実です。
「自分が相手の性格を良くする」と豪語する人もいるかもしれませんが、相手の性格・個性は人の手では変えられません。
人は人を生まれ変わらせることはできません。(人生の左右に影響を当たることはできても、結局人生とはその人自身が決めること)
変えられるのは自分自身だけなのです。

仕事、社会人の場合、縁を切る方法があります。
それは自らその仕事を辞めるという方法。
なぜ自分が辞め、相手がのうのうといられるのかで不満という点もありますが、そんな人物を雇っている会社に問題があると思いますから、辞めて正解だということに気が付きます。
会社にとって、あなたのような常識人を失ったことは大打撃なはずですからね。(そもそも打撃だとも気が付かない会社はその程度の会社)

縁を切ることは決して「悪」ではありません。
風水的に整理整頓は運気をもたらすことで知られますが、人間関係にも整理整頓は必要です。
ゆえに、相手から整理整頓されないような人物になりましょう。
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ドラキュラ伝説

今回は、『ドラキュラ伝説』を紹介。(自分は3DSのVCでプレイ)
ゲームボーイ版の悪魔城ドラキュラシリーズで、主人公・クリストファー=ベルモンドは、様々な魔物や罠をかいくぐり、ドラキュラ討伐に向かうホラーアクションゲーム。

ドラキュラとシモンとが対決する以前の物語。
ドラキュラ伯爵がまだ魔王ではない、邪悪な呪術者であった頃の話。狂的な悪魔崇拝者だったドラキュラ伯爵は、日に日に魔力を身に付け凶悪さを増していき、町の人々は恐怖した。
この時、ベルモンド家の先祖クリストファーが立ち上がった。

ゲームシステムは、前作ファミコン版と同じ横スクロールのアクションゲーム。(ロープの上り下りの移動は本作独自)
攻撃はサブウェポンがなくなり、その代わり、水晶を取るとムチがパワーアップ。(二段階目でファイヤーボールが撃てるようになる)

このゲーム、主人公の動作がとにかく鈍いです。
高い場所でジャンプをするのにも、足場ギリギリからでないと移動できなかったりします。
また、横からトゲの仕掛けが迫ってきたりするステージがあるのですが、少しでも主人公の動きを怠ると、わずか数秒で命取りになります。

敵キャラに関しては、ドラキュラ伯爵、コウモリ以外は本作オリジナル。
個人的に、敵キャラではビッグアイが印象的です。

GB版はFC版と比較すると動作が遅いなど操作上難しい点もあり、正直面白いとまではいかない作品です。
しかし、ベルモンドの先祖と、魔王になる前のドラキュラ伯爵との戦いは、悪魔城ドラキュラ好きの方であれば一度はプレイしておきたいもの。
個人的には、FC版『ドラキュラⅡ 呪いの封印』のRPG要素と比較すると、断然このドラキュラ伝説の方が面白いです。

現在、3DSのバーチャルコンソール版で遊んでいます。
ゲームボーイ版ではパスワードやセーブ機能はありませんが、3DSバーチャルコンソールは、保存機能があります。
私はこの仕様を利用し、ドラキュラ戦に入る前に保存しておき、何度でもドラキュラ倒しプレイが出来るようにしています。(ムチはファイヤーボールが撃てる状態に)

ストレス解消はドラキュラ倒し。


ドラキュラを討伐しては(逆にドラキュラにやられても)、保存機能でドラキュラ戦に入る前に復帰させ、再びドラキュラを倒すというプレイ。
そして、何度でもエンディングを見ることができるわけです。

本作のSE(効果音)は、ゲームボーイ独自の音ですから、個人的に好きなんです。
敵を倒したりダメージを与えたりする時の「ドスッ」という音が快感で、癖になっているほど。
それプラス、ドラキュラの不気味さ(第二形態の姿も含め)が好きで、何度でも見たいからというのも理由の一つです。

ちなみに、FC版の悪魔城ドラキュラも3DSのVCなので、同じようなプレイをしています。(一応ステージ99カンスト済み)
こういう楽しみ方もあるので、是非参考にしてみて下さい。

基本、悪魔城ドラキュラシリーズはシンプルなゲーム性なので、誰でも楽しめるゲーム。
ご興味のある方は、是非プレイしてみましょう。

オスマン帝国ハレムの世界

オスマン帝国といえば、アジア・アフリカ・ヨーロッパに領土を誇った大帝国。
イスラム教をメインとし、キリスト教やその他宗教を弾圧することはなく、トルコ人を中心とした様々な人種が住まう多民族国家。

オスマン帝国の皇帝は「スルタン」と称され、「ハレム」と呼ばれる後宮にはたくさんの美女がいました。
そこで今回は、オスマン帝国のハレムの世界を紹介したいと思います。

ハレムの妃は「スルタナ」と呼ばれ、みな「奴隷」でした。
(ビザンツ帝国がオスマン帝国に滅ぼされて以来、白人系のスルタナが増え、それゆえ王朝の血筋は白人系が多くなる)
ハレムでは側室であれ、母后以外は一律「女奴隷」に過ぎない。

元来スルタンは、皇后を立てません。
イスラムでは正妻も側室も平等でなくてはならないという教えがあるためです。
しかし実は、とある事件があったからなのです。
それは、敵に皇后が誘拐され捕虜となり、その見せしめに彼らの宴会で全裸で給仕を強制させられたというもの。

これを知った皇帝は激怒。
怒りの理由は、(皇后の辱めではなく)「皇帝の名誉が傷つけられた事」であり、皇帝にとって、自分の妻に手を出されることは屈辱でした。
(嫡男を生んだ母后以外は全て女奴隷という考えは、女奴隷であれば、いくら盗まれても皇帝の名誉は傷つかないという発想に基づいていた)
それ以来、皇后は廃止されたというわけです。(スレイマン1世の時、この慣例が破られる)

次に、ハレムの妃たちの生活。
皇帝の寵愛を受けるまでは基本的に十人部屋でルームシェア。(彼女たちの世話は女官や宦官たちの仕事)

妃の一日の仕事と言えば、ハレム風呂と言われるスチームサウナに入り、天然の脱毛クリームで無駄毛処理をし、肌を磨くマッサージを受け、美しさを保ち増すことぐらい。
また化粧や衣装は、インド墨で眉を濃く長く描き、数百の宝石で身を飾り、有名なトルコ刺繍が施されたドレスを纏います。
残りの時間は、歌のレッスン、トルコ語の読み書き、暑い日はハレム内の豪華プールで水遊びなど。

これがハレムにおける「奴隷」の暮らし。
奴隷という名のイメージとは全くそぐわない、豪華絢爛な生活となります。

見事、皇帝のお気に入りになれば、寵愛の深まり方によって、他の妃とルームシェアする必要がなくなり、母后となれば、トプカプ宮殿に仕える全ての宦官の生活スペースよりも広い中庭を持つ特別な住居を与えられ、権勢を振るうことができました。
皇帝の死や廃位の後には、妃や母后らは、トプカプ宮殿から旧宮殿へ移され、余生を暮らすことになります。

18世紀以来、オスマン帝国のハレムはヨーロッパの人々にも公開されるようになります。
あるイギリス女性作家によると、「天使のように可愛い。衣装は贅の限りを尽くし、宝石の中に埋もれているといってもいいでしょう。こんな豪華で美しいものは見たことがありません」
(それと比較し、ウィーンの貴族たちのファッションや生活様式を「嘆かわしい」と一刀両断)

イスラム教の聖典コーランは、一夫多妻制については少なくとも薦めておらず、「二人以上の妻を同じようにするのは難しい」と、釘を刺している文面があります。
皇帝といえど、コーランの教えには忠実である必要があり、ハレムを持ちながらも生涯一人の女性としか付き合わなかったようです。(ハレムの美女と皇帝との乱痴気騒ぎを繰り広げていたイメージは空想であるらしい)

ハレムには「夜伽カレンダー」があり、皇帝はコーランの教えに遵守し、妃たちをカレンダー通り順番に、平等に扱っていました。(皇帝の寵愛を得たいと焦る妃が、賄賂で順番を変えたりすれば処刑されていた)
妃たちの間には、気の合う者や出身地による派閥も生まれ、かつ嫉妬や抗争が繰り広げられており、毒殺や絞殺は度々ありました。
ハレムでは性格の悪い女は追放されていましたが、そもそも皇帝の行いが悪いからと評されるため、皇帝も必死であったとか。

幽霊はすり抜けられない

こういう怖い話があります。(リンク先は動画となります)
『夜食を持ってきた母親』
『開けちゃいけない』

これらの話で共通しているのは、「霊は自由に家の中に入ることができない」ということです。
幽霊といえば、どんな厚い壁でもすり抜けられるイメージがありますよね。
しかし、どうも霊というのは、そういうわけではないようです。

煙は、窓を閉め切れば、外から侵入してくることはありませんよね。
よく近くに幽霊がいると、線香のようなニオイがする、嫌なニオイがするなど、必ずニオイが発生します。(ニオイによって、良い霊か悪い霊かが分かる)
そういった意味では、霊体というのは「煙」の分子に近いのだと思います。

イタズラや悪意を持つ霊は、自分の力では家に侵入できないので、誰かに成りすまし(もしくは誰かに憑依)、中に入れてもらおうとします。
以前書いた記事『瞑想の危険性』にも少し触れましたが、霊はあの手この手で人間を支配しようとします。

「家」そのものが結界になっているとされていますし、逆に、間違った構造によっては霊道を作り出してしまうこともあります。
そもそも、家には先祖霊や守護霊がいますから、他人の霊が入ることは、まずできないでしょう。
霊の大半は元人間。人間界のルールと同じで、他人の家に勝手に入ることはできません。

とりあえず、霊は壁をすり抜け、家に侵入することはできないということ。
幽霊が怖い人は、家の戸締りはしっかりした方が良いかと思います。(防犯にもつながる一石二鳥)

後、直感は大切にした方が良いですね。
家族、友人に対し、「いつもと何か違う気がする……」という違和感を感じたらご注意。霊に憑依された家族や友人かもしれません。
人間は本能的に、身を守るために第六感が働きます。
皆さんも違和感を感じたら、「気のせい」として流さず、自分の勘を信じた方が良い。

余談ですが、稲川淳二『開けちゃいけない』の話に出てくる、「開けちゃいけない!」という声の正体は、守護霊です。
悪霊は子供を利用し、ドアを開けさせようとします。
それに危険を感じた守護霊は、わざと「怖い声」で女の子を怯えさせ、制止させていたのです。

呪い呪われ祓い方

呪いの儀式や占いなどをすると、急に身体が疲れたり、肩が凝ったりします。
睡眠を取り、十分身体を休めているにもかかわらず、症状は変わらなかったり。
肩が重くなったり、無気力や鬱状態が続くなどの原因……実はそれ、呪いや霊の仕業である場合があります。

呪われパターンには3つあります。
それを以下紹介。

1.低級霊、不成仏霊
オカルト行為をすると、たいていは低級霊や不成仏霊が集まります。
よく、怖い話をすると霊が集まると言われますね。当然、呪いの儀式、占いなどをしている時も同様となります。
低級霊一体であれば大きな影響はありませんが、複数の霊が集まった場合(集合体)、人間に害を及ぼします。

2.呪い
人から恨まれ、呪いをかけられている場合があります。
呪われると、好機やタイミングを逃したり、無気力や鬱、様々な病気を引き起こし、小さいものから大きいものまで影響を与えます。
呪う側の怨念と呪力の強さ、呪われる側の精神面、体力、守護霊の強弱により、効果は異なります。

3.怨霊、悪霊、祟り
憑依されれば、当然運気は落ち込み、上記にあげた様々な影響やこの世の不幸という不幸を味わうことになります。
最悪、死に到る危険な場合があります。
心霊スポットや曰く付きの土地で、祟りを受けたり、霊を連れて帰ってしまう場合があります。

1に関しては、たいていは、力のない浮遊霊なので、はらうことは簡単です。
2も同様に、人間の思いや念は常に保っていませんから、わりと祓うのは簡単です。
呪い苦しめるには、相手の事をずっと考えなくてはなりません。(少しでも別の事を考えたり、意識が変わると失敗)
なので、呪いとはいえ、たいていは弱い波動であり、言うほどの不幸をもたらすことはありません。
しかし逆を言えば、毎日延々と相手を恨むことだけを考えている人間の飛ばす呪いは強力。この場合、祓うことは非常に難しい。(仮に祓ってもまた復活する。呪いとはすなわち生霊)

簡易な祓い方(オリジナル)、二つ紹介。
1.線香で浄化
線香を焚き、その煙を手で仰ぎ、自分の顔や身体にかけます。
そして、「はらいたまえ!きよめたまえ!」と唱えながら、手で首や肩をたたき(何かが付いているのを払い落とすイメージ)、これを気が済むまで続けます。
これでたいていは、邪気を祓うことが出来るので、その後、肩が軽くなったりするはずです。
私もよく「低級霊が憑いているな……」と思うことがあり、たまにこれをやって祓っています。

2.入浴で清める
元々入浴とは邪気払いの意味があり、身体を清める行為につながります。
シャワーや綺麗なお湯の張った湯船に浸かる時、何か悪いものが身体から流れていくイメージを思い描きます。
これを意識するだけで、身体のけがれと共に邪気をも洗い流すことができます。

ちなみにこれら方法は、呪われパターン3の怨霊、悪霊、祟りには通用しません。
これに関しては、専門の人に祓ってもらうことしかできません。
上記の簡易祓い方法では解決不可能です。
霊能力者や祈祷師、徳の高い僧侶に診てもらわなければならず、お金や時間と手間がかかりますし、また詐欺に引っかかるリスクもあり、大変面倒な事につながります。

心霊スポット巡りの後は必ず付きもの。なので、私は絶対に行かないようにしています。
私は常々、「心霊スポット巡りは絶対にしてはいけない。面白半分な行為は霊を冒涜する行為」と訴え、いかに危険かを伝えています。

人生初の呪いは小学生の頃

私が初めて、人を呪ったのは小学校の時。
嫌いな同級生がいて、私に対し強い口調や態度を取り、私は完全に見くびられていました。
同じ班の時は、そいつと一緒に行動しなくてはならず、席替えで一緒になるたび、憂鬱とストレスになっていました。

その当時、呪いの知識も道具もありませんし、ましてや「人を呪わば穴二つ」というのが脳裏にありましたから、中々勇気がありませんでした。

が、やはり限界はやって来ました。
内容は忘れたのですが、その日いつも以上にそいつから強い口調で何か言われたんだと思います。
その時、ついに心の中で堪忍袋の緒が切れたんですね。

しかしながら、私自身気弱で大人しくウジウジしていまして、とても言い返すことのできる子供ではありません。
結局その日も何も言えず終わりました。
子供ながらすごく辛かったですね、あの時期は。

怖さと悔しさを交えつつ、ついに私は、呪いを決行しました。
自室で、紙を人型に切り、奴の名前を書き込み、キリ(工具)で一心不乱に滅多刺しにしたのを覚えています。
それをやっている最中、その日の予報に大雨はなかったのに、急に大雨が降り出し、稲妻が走りました。(本当の話です)

やはり自分は子供でしたから、「呪いが返って来るかも」と、強い恐怖と後悔に震えました。
「呪いは必ず効果がある」という、子供ながらの純粋な絶対的な思い込みがあって、呪いが効く前提で恐怖したのを覚えています。

それから数日後、その相手、盲腸の手術で一ヶ月入院したんです。
偶然と言えば偶然ですが、でもこれってあまりにもタイミングが良すぎる。
私は今でも偶然として捉えてはいません。

ちなみに私にその呪いは返ってきていません。

子供の、純粋な呪いは恐ろしい。
霊感も大人になるにつれ、なくなると言われますが、それは純粋さを失うからかもしれません。

オカルト板で、似たような経験をした人がいて驚きました。
その人もまた、人型の紙にクラスメイトの名前を書いて切り刻んだら、その後すぐ相手が盲腸で入院した事があったそうです。(盲腸という点も同じで驚いた)
そして呪いは返って来ていないそうです。

その人も私と同じく、当時絶対に呪いは効果があるという謎の自信があったそうです。
疑いもせず純粋に信じていると、呪いや念というのは、効果があるようなんですね。

人の思いには力があります。
たとえ非力な子供からでも、恨まれないように気を付けた方が良い。

オリジナル呪術・凌遅呪刑

今回は、オリジナルの呪い「凌遅呪刑りょうちじゅけい」を紹介します。
あくまでも私が作った呪法ゆえ、効き目があるかどうかは、あなたの怨念次第です。

まずはじめに、儀式の時間帯は、深夜0~2時の間とする。

1.紙を用意し(紙は何でも良い)、赤ペンで人型を描き、それをハサミでなぞりながら切り取る。(人型の紙を「形代かたしろ」と呼ぶ)

2.形代の中心に、赤いペンで相手の名前を書く。

3.木の板(もしくはダンボール)と縫い針(もしくは針の長い画鋲)を用意する。板を下敷きにし、形代の頭か手、どこでも良いので、恨みを込め、針を突き刺す。
何本でも刺しても良いが、一本で十分。形代をはりつけにすることができればOK。

5.磔にした形代を、ハサミや彫刻刀、どんな道具でも良いので、少しずつ好きなように切り刻んだり、刺したりする。(恨みの言葉や罵詈雑言を浴びせながら)
ただし、その日の内に、形代を無残にしてはいけない。
なぜならば、日数と時間をかけて、ゆっくりと痛みと苦しみを与える必要があるからだ。

つまりは、「凌遅刑りょうちけい」。
(凌遅刑とは、中国で行われた処刑方法のひとつで、生身の人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間にわたって激しい苦痛を与えた上で死に至らす刑のこと)

これをイメージしながら、その相手を切り刻んでいく。
例えば、「凌遅七日」と決めたら、一週間かけて、その形代を少しずつ切り刻む。(日数は自由に決めて良い)

6.最終日、木の板から形代を外し、これに「報仇雪恨ほうきゅうせっこん」と唱え、火で燃やす。

これで終了。

補足だが、自分の血を捧げると効果的。
指を軽く切り、その血を人型の紙に付け、例の呪文を唱え、燃やす。
これをするかどうかで、呪いの効き目も違うだろう。

私による独自のオリジナル呪術の紹介は以上となります。
これで本当に効き目があるかどうかは本人の恨みの力次第だし、かつこの呪術を行ったことにより生じる事柄に関しては、一切の責任を負いません。全て自己責任となります。

呪いとは基本、「生霊」を飛ばすことです。
生霊つまり、自分の分身が相手にまとわりつき苦しませる一方、それを維持するため、自分の魂を削り続けなければなりません。(生霊を作り出したり飛ばすこと自体でも消費される)
ある意味でいえば、「人を呪わば穴二つ」の代償なのかもしれませんね。
そんな私は、現在九人ほど呪っています。

次回、機会があれば、呪い返し、身を守る方法を紹介できればと思います。
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プロフィール

霊睡蓮

霊睡蓮(レイスイレン)
1989年生まれ/大分県/AB型
コノ恨ミ……晴ラシテミセル……
根に持つ性格で、その恨みは呪いを以て晴らす。
プロフィール詳細

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